深夜バイトから帰宅した長男。ウトウトしかけてたけれどダイニングにまだいた私。寝ようと思っていたけれど何か食べたそうな息子にあり合わせの残り物で食事をだした。甘すぎる親?

22歳にもなるんだからもちろん自分でなんとかするのも当たり前。でもそこで会話が始まるんです。これ美味しい、とか辛すぎ、とか・・・・そんな会話があってからバイトのことを話し出す。もうすぐ社会人になる息子、今いろいろ考えることが多い。結局話が盛り上がり、二人でジンを飲みながら2時間。こんなふうにお酒を飲みながら息子と話せる時間は睡眠不足になっても嬉しい時間。

残り物がなかったらこんな時はカップラーメンでもスナック菓子でもよいんです。この時の「食」の役割は空腹を満足させるためとコミニュケーションのためだから。

反抗期ももちろんあった。でも家庭において「食」の存在はほっこりさせてくれたり相手を思いやる気持ちになったり、そこにみんな集まるとても重要な意味があると思う。全ての年代の共通の話題になるから。豪華じゃなくて良いから家庭の「食」は大切だと心から思う。

私が寝ていたら息子は一人で買ってきたカップラーメンを食べて寝たであろう。そんな日もあってもよい。

でも息子の口から「こうやって話せるだけでストレスがなくなる・・・・」なにげに感謝してくれてる。それが本当に嬉しい。

できない時はできない、それも必要。「食」があるから会話が何十倍にも増える。そんな「食」のあり方を伝えていきたい。